@article{oai:takushoku-u.repo.nii.ac.jp:00000472, author = {長谷部, 茂 and Hasebe, Shigeru}, journal = {拓殖大学国際日本文化研究, Journal of the Research Institute for Global Japanese Studies}, month = {Mar}, note = {「礼」という漢字の持つ意味は、近代以前の中国では、ほぼ「中国文化」と同義の概念を表し、中国と外国とを区別する「華」の内容であった。儒教が礼教と呼ばれるところから見れば、中国三千年の王朝を支えてきた思想の根幹であったとも言える。 七世紀以来、日本人は「礼」を理解するために数世紀にわたり努力してきた。当初は律令制度導入のため、のちには皇室に関わる有職故実として。皇室の行事の中で、現代でもたまに「~の礼」のようなかたくるしい言葉を聞くことがあるが、ほとんどは世俗化し、御礼、謝礼、お辞儀等、マナーやエチケットの意味として定着した。当初、中国から学んだ膨大かつ深遠な礼の意味内容は、ほとんど忘れ去られた。 このような事情は、実は本家の中国では近代以降、日本とは比較にならないほど急激に進み、特に中国共産党は、礼と礼に関わる過去を清算したはずだった。「はずだった」というのは、近年、「中華の優秀な」伝統文化の復興が公式に提唱され、「中国の夢」の実現が目指されているからだ。礼教の始祖である孔子を象徴とした孔子学院は、すでに世界戦略の拠点となって久しい。中国が世界の中心でなくなってまだ二世紀もたっていない。礼が精緻に発達したかつての世界に冠たる王朝の盛時を、共産党が復興するというのだろうか。中国人の期待する中国の未来像は見えてこないが、とりあえず、礼とは何か、日中両国語の礼の意味の違いはどこか。問題を提起しておきたい。}, pages = {1--53}, title = {礼の古典的意味と現代的解釈 ―日本が受け入れなかった中国文化の核心}, volume = {4}, year = {2021}, yomi = {ハセベ, シゲル} }